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(JASRAC 出0313662-301) |
すっかり寒くなってまいりましたので「今夜はおでんにでもするか」と思いまして、いつもはしない大根の面取り(輪切りにした大根の稜の部分を削り取っておくこと)などしていましたところ、つけっぱなしにしていた衛星放送の音楽チャンネルから<つわりだっただけ〜〜〜♪>という歌詞が聴こえてきました。え、つわり? かなりギョッとしました。面取りの手がすべって新米板前の飾り切りみたくなりました。つわり? そうです、つわりと言えば妊娠2〜3カ月の妊婦を襲う悪夢のような体調不良。え、もっかい聞くけど、つわり? つわりだっただけ??? 過去、ポップソングの歴史の中ではいろんなシチュエーションの楽曲が発表されてきたけども、ついに“つわり"に関するやつもきたか〜〜〜。斬新だな〜〜〜。だって“つわり"だぞ、お〜〜い!
その瞬間から、キッチンに立ちながらもあきらかに念入りに楽曲を耳に入れました。<つわりだったっだけ 砕け散っただけ つわりだっただけ 風に舞っただけ>……な〜んか、つわりソングのくせにちょっと文学チックでないの〜〜。斬新〜〜!“つわり”なのに! しかも曲はなんとなくディスコチューンだし。つわりなのにディスコ! ヒッヒッフ〜〜(これはラマーズ方)! いいぞいいぞ、もっとやれ! おでんの準備もどんどん愉快になってきて、ゆで卵のカラもツルッツルとむけました。<君の目にただ光る雫 嗚呼、青天の霹靂 痛みだけなら2等分さ、そうさ 僕らの色>……う〜む、産みますか…。産むことにしましたか…。 あんた、エライね! 男だね! そうだよ、妊娠は2等分しないとな。うんうん、妊娠は2人の色にしないとな。エライエライ! 若いのにほんとエライよ! 気に入った! おでんが出来上がってもいないのに、この歌を歌っておる見ず知らずの若者に心の中で熱燗をお酌しそうな勢いです。<白い息が切れるまで飛ばして駆け抜けたあの道 丘の上から見える街に咲いた君という花 また咲かすよ>……わかるわかる。そら急に彼女が「できちゃったくさい」とか言い出したら息も切れるわな。分かるよ、その気持ち(女だけど)。けど、きみが「いいよ、産もう」って言ったら、彼女も喜ぶって。余裕でまた花も咲くって。お花みたいな笑顔を見せてくれるって。大丈夫大丈夫。あんたら、ぜったい幸せになれる。この2人に末長い幸あれ! 私はここでおでん作りながら君らの幸せを願っているからね! あ〜、今日はいい日だったな。夕日がまぶしいよ!
そんなわけでド快調なおでんの準備になったわけですが、もちろん“つわりソング”ではありませんでした。頭だけかと思っていたのに、耳まで悪かったみたいです。私が<つわりだっただけ〜〜〜♪>と空耳っていたのは、正確には<つまりただそれだけ〜〜〜>という歌詞でありました。“つわりソング”とはこれいかに!と、あまりに気になったため後日キチンと調べましたとこそういうことでした。つわりだったわけではなく、つまりただそれだけ。私が間違っていただけ。おでんは2日目がうまいだけ。あたたたたたたた! 作詞作曲ヴォーカルの後藤さん並びにASIAN
KUNG-FU GENERATIONの皆様、ほんとすんません! 砕け散りならがら陳謝であります!
でもね、そうなんですよ(なにが?) この曲ったら“花”が出てくるんですよね。ただし<君という花>。種類が限定されていない“花”ですね。このコラムを書くようになって、歌詞の中に植物の名前が出てくる楽曲は普段から気にとめるようになったんですけど、このように漠然と“花”ということで出てくる場合が圧倒的に多いのが事実です。で、私のような街の植物好きに言わせれば「女やものごとを喩えるのを花でやってもいいけど、種類くらいハッキリさせろや」と、常々思っておりました。だって、花っつってもいろいろあるんですよ。派手なのや華奢なのや匂うのや匂わないのや、はたまた朝咲くのやら夜咲くのやら……。いったいぜんたい、その花でたとえてる女は、どんな種類の女なんだよ。花全体を女性の総体で喩えることが有効なのは充分わかるし、限定しない方が言葉に奥行きや広がりがでるのも分かる。しかし、みんながそうするとここで書くネタがなくなるんだよ! 私が困るの!……つまりただそれだけ(“つわり”じゃないよ)。
ちなみに花の名前をハッキリとあげて歌詞にしている楽曲は圧倒的に70〜80年代のフォークソング、ニューミュージック、そして歌謡曲に多いことも分かってきています。だいたいがやはり花を女性に喩えています。となると、この時代に書かれた歌詞の中の女性像は何かしら具体的なものだったとも言えます。それが合ってるか合ってないかはは別として、対象とする女性の外面内面を注意深く繊細に観察していることはわかります。知ろうとしてる誠意には好感が持てます。
ただし、だからといって今回のような“花”とだけ言い放ってしまう歌詞が全部好感持てないかと言うとそうでもありません。最初私はすっかり“つわりソング”と勘違いしていましたが、よくよく歌詞をながめますと、ここに出てくる“僕”はつかみどころのない<君という花>を通して<意味もなく何となく進む淀みあるストーリー>を<白い息が切れるまで飛ばして駆け抜け>てるっぽいことが分かるわけです。
意味もなく何となく進む。確かにそうなのです。人を好きになったり、フラれたりするのは、意味がありそうでないことでもある。「自殺に理由はなくて、キッカケだけがある」とかいう言葉がありますが、恋愛ひいては人生も同じく。そういうものがあったほうがよさげだから、強引に意味や理由をくっつけたりもしますが、よくよく考えたら<意味もなく何となく進む>ことのなんと多いことか。寒くなったからおでんを作ってみる、というのは“寒くなったから”という意味や理由がありそうでいながら、実は“ただなんとなく食べたくなっただけ”な気もするのです。別に夏でも食べたくなったら作るだろうし。
『君という花』の中での“僕”は、ディスコチューンにのりながら迷走しています。花の名前も分からないくらいだもの、<君の目に光る雫>だって、そりゃ<青天の霹靂>ですよね。女って何考えてんの?……全然わかんないよね。<何気なく何となく進み淀みあるストーリー>であり<意味も無くなんとなく進む淀みあるストーリー>の真っ最中な“僕”だけど、迷いながらもフレッシュな感受性で<また咲かすよ 君らしい色に>と最後に断言。どんな花で、どんな色なのかは分からないけど、それはこの彼女がいつか“僕”の前で咲いたとき分かるものなのかもしれません。2日目のおでんをつつきながらそんなことを考え「ああ、青春って無意味で粗暴で最高! おでんは2日目が最高!」と思いながら、最近間違って妊娠してしまった友人からのメールに返信をしました。妊娠にも意味や理由はありません。つわりはあるけども。つまりただそれだけ。
03.11.17発売「BARFOUT!」掲載(bk1/Amazon
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vol.5
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女(03.11.17発売「BARFOUT!」掲載)
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