奴隷は開放されました。いや、真の意味での開放はまだだ、と言う方もおられるでしょう。しかし一般的な土俵では、もう奴隷などいないことになっています。
さて、そんな21世紀にあって、まだ確実に開放されていない奴隷がいます。これだけは誰がなんといおうと開放されていません。
思い出してみてください。子供の頃、急にガリガリ君が食べたくなったとき、あなたはどうやってそれを解決してきましたか? そうです、あいつを呼びつけ買いに行かせたはずです。
今日はソーダ味がよかったのに、
「姉ちゃんはいつもこっちだよね」
と気をきかせたつもりでコ−ラ味なんか買ってきた日には、笑顔のあいつに対して
「アホッ!ボゲッ!」
と思い付く限りの汚い言葉を浴びせ、速攻取り替えさせに行かせたはずです。そして、ソーダ味が手渡された後も、
「ひとくち〜っ!」
と言っては、あいつが食べようと袋を開けたばかりのコーラ味を、嫌がられながらももぎ取り半分以上食べてしまったはずです。
このようにして現代社会でまだ開放されていない奴隷、それは“弟”に他なりません。あなたにはご兄弟がおられますか? そしてそれは“弟”ですか?
人間は10代になってやっとエラで呼吸を始めますが、0代ともなるとたしか足を切ってもすぐにまた生えてくるんじゃなかったでしょうか。私もそんな感じでしたので、弟のことは“人っぽい顔をしたリモコン”だと思っていました。人間だと気づいたのはつい最近です。弟がタバコを吸ったり、人を好きになったり、実家の肉屋を継ぐのを見て、やっと“人間かもしれない”と思うようになりました。
さて、私がまだプラナリアだった頃…つまり0代、小学生だった冬休みのある日“言いたいだけ”の神様は降りて参りました。私は東北の片田舎の出身です。沿岸部ですので、雪は少ないし気温もそれほど低くはありませんが、それでも東京の冬に比べたらとても寒いです。
その日は前日の夜から雪が降って、朝起きたら一面銀世界でした。私はすぐさまリモコンを叩き起こし、自宅の庭にある物置きの屋上に“特設・子供スケートリンク”を作る提案をしました。タタミ15畳くらいの屋上に、水を張って氷らせテカテカにする。そして、その上を靴で滑って遊ぼうじゃないか。きっと、もの凄く楽しいぞ。
リモコンは眠い目をこすりながらも“さすが、姉ちゃん! 抜群の企画力!”という表情でキン肉マンパジャマを脱ぎすて戦闘服に着替えました。
リモコンの目は輝いていました。我々は屋上に集合し、作業の手順を考えました。まず、この雪をある程度どけ、面を水平にする必要がある。リモコンは下から雪かき用スコップを持ってきて、積もった雪をどんどん下に降ろしていきました。そのかん私が何をしていたかと言うと、除雪をしているリモコンのケツに雪玉をぶつけ、
「ストラ〜〜〜〜イクッ!」
だの
「ボ〜〜〜ルッ!」
だのと言って大喜び。リモコンも最初は
「やめろよぉ〜〜」
と嫌がっていましたが、そのうち
「ど〜したんでしょ〜〜、今日の江川はキレがありませんね〜〜」と野球解説者の口調で私の投球を見守るようになりました。
除雪が終ると、今度は水を張る作業です。物置きにある水道からホースを使って屋上に水を張れればよかったのですが、残念ながらホースの長さはあと一歩というところで屋上に届きませんでした。せっかくの企画も、これにて断念か…。
「もういい! 姉ちゃんは“あなたの知らない世界”見てくる!」
私はせっかくのナイスアイディアが志し半ばで断念せざるをえなくなったことにヤケを起こし、そのクサクサする気持ちを心霊写真を見て忘れることにしました。
しかし、リモコンは不屈だったのです。わたしが歌舞伎揚げを食べながら心霊写真を見ている間に、バケツで屋上に水を張ったのです。きっと階段を何往復もしたことでしょう。そして、きっとあのドジ男のことだから、転んでバケツの水を何回もこぼしたりしたことでしょう。
心霊写真に釘付けになっている私をリモコンが呼びに来た段階で、屋上にはすばらしい塩梅の水が張られていました。
もうあとは、水が氷ってくれるのを待つばかり。リモコンよくやった! 我々は勝利の暁をミロで乾杯しました。そして私しか勝たないオセロをしながら、15分おきにリモコンを氷の見張りに出しました。
しかし、どうでしょう。待てど暮らせど、屋上の水は一向にテカテカにならない。リモコンがハリキリすぎて水を多めに張りすぎたことと、比較的気温の高い日だったことが原因のようでした。私はまたヤケを起こしました。
「アホ!バカ! お前のせいだ! 加茂神社にお参りして神様に“もっと寒くなってください”って言ってこい!」
…そのときです。リモコンは堰を切ったように
「tfhssふぁsぢうhoiAsづひお*OWs$?NOKJh!!!!!!」と、動物の鳴き声に似た声になぬ声を上げながら号泣し、次の瞬間私めがけあらん限りの力でミカンを投げつけたのです。
ミカンは私の右目に的中しました。ものすごい痛みが走りました。しかもそのミカンは局部的にグチグチ…つまり腐りかけており、いみじくもそのグチグチ部分が私の右目に入り、失明するときはこんな痛みか?というような鋭痛をもたらしたのです。
私の目からも涙が溢れました。コタツで向き合った姉弟は、今、肩をものすごく上下させながら号泣しています。ミカンを投げてきたリモコンに対する怒り。腐ったミカンを投げられたことへの屈辱。そして何より、あのリモコンが私に反撃してきたことへの驚き。複雑な感情が入り交じりすぎた私はとんでもないことを言ってしまいました。
「ミカンを投げたら、痛いんだぞ…(泣)」
号泣していたリモコンはパタリを泣くのをやめました。3秒程表情がなくなり、次に“死ぬ〜〜!”という程、体をクネらせながら床をのたうち始めました。その言葉によって、リモコンの上に笑いの神が降りてしまったのです。
私にとっては堪え難い屈辱でした。リモコンにバカにされた。笑われた。あまりにもショックだったのでしょう、これだけ事件の前半は鮮明に覚えているのに、その発言の後の記憶はまったくありません。
そして弟はそれ以来、なにかっつーと、このミカン発言を私の大事な人(家につれてきた彼氏とか)にチクるようになりました。まったく、なんであんなことを言ってしまったのでしょう。自分で自分の墓穴を掘ったようなものです。でも、どうしてもあのときは言ってやりたかった。ミカンを投げたら痛いんだぞ。
確実に存在する“弟”という名の奴隷。その世にもやさしい存在は、全国の姉をどんどん甘やかし、我がままにする。そして数々の無礼に、
「ごめんね」
ではなく墓穴発言を提供するしかアイディアが浮かばない悪魔に育て上げます。実家で、
「ひとくち」
と言ったときペヤングを全部くれる神様は、
「相変わらずだな…ほれ!」
と、今も奴隷の姿でやさしく笑ってくれます。
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vol.4
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弟という字のフリガナが
“リモコン”だった日 (03.5.6発売6月号) |
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ボツ原稿
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vol.4(原文ver.)
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神様は奴隷の姿で
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